社長が私を好き過ぎる

陸上少女朱莉

 大和朱莉(やまとあかり)、23歳。

 私は、就職活動に失敗した。

 学生時代、私はかなり本気で陸上をやっていた。インターハイで1500メートル優勝、全国大会にも出場した。

 大学では駅伝で走れる選手が重宝される。推薦で大学に入学した私は結果を出すため長距離への転向を余儀なくされた。

 中距離は面白い。目まぐるしく変わるレース展開には戦略が不可欠だし、長距離と比べて高い心肺持久力が求められる。私はどうしても中距離を諦めきれず、長距離を走りながら中距離のトレーニングも続けていた。

 長距離主体で走っている限りそれを責められることはない。だが中距離に関してはまともな指導も受けられず、結果を出すどころか、無理がたたって足を故障するという最悪な事態を招いてしまった。

 自業自得としかいいようがない。

 騙し騙し走り続けていたが、そんな状態の私が選手でいられる程あまい世界ではない。焦った私は怪我を繰り返すようになり、最終的に戦力外通告を受けた。

 部活を辞めても退学をする必要はない。だが私と同じ推薦枠を使おうとしている後輩のためにも、私は他の選手のサポートに回って部に残ることにした。

 それは思ってた以上に過酷な選択だった。

 部員達の私への風当たりの強さは尋常ではなかったし、思うように走れないこともストレスだった。勉強は人の何倍も頑張らないと遅れを取り戻せない。

 ストレス耐性を高めるトレーニングもしていた私はそれなりに強メンタルだ。

 自分を奮い立たせるために、胸で息をする。

「私はやれる、まだ頑張れる」

 気持ちだけはアスリートのまま、私はつらく苦しい大学生活を最後まで走りきった。

 『ITブラック』という言葉は知っていた。

 たがこれまで走ることしかしてこなかった私に、それを選択肢から除外する余裕はない。

 走れない私はただの小娘だった。いや、それ以下か。一般受験では到底受かるはずもない大学にスポーツ推薦で入った私は、卒業ギリギリの成績しかとれないアホな子だったのだ。

 そんな私を唯一拾ってくれた会社『株式会社レガルシー』は去年起業したばかりのシステム会社で、従業員数は十数人。私がその数に含まれているのだから、決して優良企業とはいえないだろう。

 研修らしい研修もないまま『これくらいならできるよね?』と仕事を渡されたのは入社3日目のことだった。それはごく簡単な設計書で、学校で学んだプログラミングの範疇でできるシンプルなものだ。だけど次に続いた言葉に愕然としたのは私だけではなかったと思う。『今週中に提出するように』‥‥その日は木曜。翌週同期のひとりが出社せず、そのまま退職した。
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