社長が私を好き過ぎる
 信じられないことに、その後彼女はペースを上げた。痛みを誤魔化そうとしているのか何度も右足に拳を叩きつけ、滅茶苦茶なフォームでただひたすら足を前に進める。当然後続のランナーに追い抜かれてしまったが、それでも最後まで走りきり、無事にたすきは繋がった。

 走り終えた彼女はその場で倒れて動かなくなり、すぐに担架に乗せられ人混みの中へと消えていった。彼女がどうなったかの続報はないままレースは続き、彼女が繋いだたすきは仲間の健闘により3位でゴールにたどり着いた。

 転倒したのは残り1キロをきった地点だったので、彼女がテレビに映っていたのはほんの10分くらいだったと思う。それでも彼女の存在は強烈に俺の心に焼きついた。

 大学別の駅伝だったので彼女は大学生だ。何年なのかは知らないが、20歳前後で間違いない。自分より10歳も若い女の子が痛みに耐えて必死に走り続けようとする姿を目の当たりにし、俺は激しく心を揺さぶられた。

 今の会社では能力の有無ではなく真島の直系であることが重視される。このまま流され続ければ、俺は傀儡として生きることになるのだろう。優秀な兄達ではなく俺が選ばれたことがそれを裏づけていると感じる。

 彼女のように必死になって抗えば、何かを変えることができるのだろうか?

 それ以降、俺は自分に何ができるのか何をしたいのかを深く考えるようになった。

 そして俺は会社を辞め、大学時代の友人西谷を誘って『株式会社レガルシー』を設立した。

 家族は俺の起業に理解を示してくれた。出資を申し出てくれたがそれは辞退し、その代わりに会社が軌道に乗るまでは仕事を回してもらうことにした。それが甘えであることは重々承知しているが、社員の生活がかかっているので背に腹はかえられない。交友関係の広い西谷のおかげで優秀な人材が集まったので、この借りは仕事で返せるだろう。

 仕事を始めてすぐの頃、例のプロジェクトを成功させたことが業界内でかなり高い評価を得ていることを知った。『エムズホールディングス』ではない外の世界で、俺は『真島』ではなく『魔王』だった。純粋に能力を認められているのなら『魔王』と呼ばれるのも悪くない。

「いや、見ためが8割だと思うよ?」

 見ためが魔王?西谷とは10年以上の付き合いだが、本気なのか冗談なのか判断しにくい‥‥

「ほら、その感じ。オーラで人を殺そうとしてるよね?真島に足りないのは笑顔だな!」

 笑顔か‥‥確かに俺は感情を表に出すのは得意じゃない。それでもこうして友人でいてくれる西谷は俺にとっては貴重な存在だ。彼のアドバイスは素直に聞き入れようと、無理矢理笑顔を作ってみる。

「うわー何それ、笑顔のつもり?余計に魔王なんだけど?」

 西谷は基本的にいい奴だが、遠慮がなさ過ぎるのも考えものだ。
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