社長が私を好き過ぎる

村人の乱心

 機嫌の悪そうな魔王に拉致られた鈴木君のことが気になって、私はチラチラと社長室の様子を伺っていた。ドアが閉まっているので何を話しているかは全く聞き取れないが、こちらを向いて座っている魔王の顔はよく見えた。眉間に皺‥‥やばい、怖過ぎる。このままでは同期最後の生き残りが消されてしまいそうだ。

 鈴木君の安否を心配していたら、そこに勇者が現れた。

「朱莉ちゃんおはよう。何?朝から困った顔して、どうかした?」

「あ、西谷さん。おはようございます。私は無事ですが鈴木君はやばいかもしれません。さっき不機嫌オーラを纏った社長に連行されて‥‥」

「え!?なんで!?何があったの!?」

 半分冗談のつもりで鈴木君の現状を伝えただけなのに、西谷さんが急に焦り出した。

「え?いや‥‥鈴木君と話してたら社長が突然現れて‥‥」

「くそ!あいつ、また‥‥」

 何が起こっているのか全く理解できていない私をその場に残し、西谷さんは足早に社長室へ向かうと勢いよくドアを開け、その勢いのまま社長と口論を始めた。

 え!?何!?どうしよう!!私が冗談を言ったばっかりに大変なことになってしまった!?

 突然始まった魔王と勇者の争いに、オフィスにいる全ての人が仕事の手を止め、ことの成り行きを見守っているようだった。

「お前が朱莉ちゃんに‥‥」

 激しく動揺していた私は口論を聞き流していたようで、急に自分の名前が出てきたことではじめて意識がその内容に引き寄せられる。

「俺が朱莉ちゃんを辞めさせるからな!」

 ええっ!?なんで!?なんで私が辞めさせられちゃうの!?しかも魔王じゃなくて勇者にやられるって!!私はただの村人なのに!!生け贄か!?生け贄なのか!?

 自分の身に何が起こってるのか全くわからなくて、私は混乱の極みに達していた。いつの間にか視線が私に集まり始め‥‥うっかり魔王と目が合った。やばい。殺される。あまりの恐怖に体が勝手に後ずさる。膝裏が椅子にぶつかりそのまま腰をおろした。終わった。相手は魔王なのだ、逃げ切れるわけがない。

「お父さん、お母さん。先立つ不幸をお許しください‥‥」

 無駄な抵抗はよそう。せめてひと思いにやってもらいたい。目をつぶり、胸の前で手を合わせる。

「え?ちょっと待って!?朱莉ちゃん!?」

 勇者の慌てたような声がする。鈴木君は爆笑しているようだ‥‥人の死を笑うとは、やはり奴は人間ではなかったか。
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