社長が私を好き過ぎる

変化

 社会人になって1年。入社当時と比べればかなり成長したものの、他の社員とレベルが違い過ぎる私は、今も西谷さんの下でガッツリ指導を受けていた。

「今年は新卒の採用はないんですねー」

「ああ、去年は鈴木がいたから新卒の募集をかけたんだ。同期がいた方がいいかなって思ったんだけど、あいつに同期は必要なかったみたいだな」

「一応私は鈴木君の同期でそれなりに仲良くしてますよ?」

 西谷さんが私の発言を華麗にスルーする。彼の中で私と鈴木君は同期じゃないのだろう。

「それに新卒は採用してもすぐに辞めてしまうことが判明したからなあ‥‥うちには永遠のルーキー朱莉ちゃんがいてくれるから、しばらく新卒採用はしなくていいんだ」

「永遠のルーキー‥‥どうせ私は仕事ができませんよ。なんで私が採用されたのか、謎は深まるばかりです」

「うちは変人じゃないと生き残れないから。朱莉ちゃんは生き残ってるから変人。だから採用されたんだよ」

 微妙にはぐらかされた気がする。こんな会話をしながらも、彼は私の仕事の成果をチェックしてるのだから凄いなと思う。

「うん。だいぶ仕事が早くなってきたね。ミスが少なくなったのかな?じゃあ次はもう少し複雑な設計書を渡してあげよう。いつものフォルダに入れとくから、そうだな‥‥10日以内に提出ね。わからないとこはすぐ質問するように」

 あれから会社の中が少しだけ変化した。

 社長と西谷さんの負荷を減らすために事務スタッフが雇われた。時間に余裕ができた社長が営業に力を入れたため、新規の仕事が徐々に増え始め、技術者も増員された。仕事も人もまだまだ増える見込みがあるそうで、手狭になったオフィスの引っ越しも予定されている。

 多分、この会社はブラックじゃない。確かに途切れることなく仕事を渡され、社員の多くは夜中まで働いているし、休日も出勤している。怒鳴り声も聞き慣れてしまった。それだけで十分ブラックなのかもしれないけど、なんか違う気がする。

 さっき渡された仕事‥‥いつも通りなら締め切りに余裕を持たせているはずだ。深夜残業をしなくても十分こなせるその仕事を、私は早めに終わらせたくてきっと残業をしてしまう。

 西谷さんは『変人じゃないと生き残れない』と言ってたけど、そうじゃない。本当の変人はほんの数人だ。多分みんな私と一緒で、社員が潰れないように余裕を持たせようとしてくれる優しい経営者達に報いるため、潰れない程度に頑張ってるんだと思う。

 同調圧力でも麻痺してるわけでもない。この会社の空気は優しい。まだ余裕がなかった頃はこの空気に気づけなかったから、ブラックだと思ってしまったのだろう。

 走ること以外取り柄のなかった私を拾ってくれた会社がここで良かった。今は、心からそう感じていた。
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