社長が私を好き過ぎる

事件

 新しく渡された設計書は、ややこしくはあるけど丁寧にコードを書いていけば自力でどうにかなりそうな感じだった。最近はプログラミングを早く正確にする訓練が続いていたので、久し振りにやりごたえのある内容でちょっと楽しい。

 走れなくなってから真剣に取り組み始めた勉強の中で、プログラミングはわりと面白いと感じた唯一の授業だった。

 プログラミングには目的達成に向けた効率的かつ最適な解決策を導き出すための思考力が必要なのだという。それは身体能力を高めるためのトレーニングをする時に必要とされるものと酷似していると感じ、これなら私にもできるかもしれないと思えたのだ。

 まあ実際には全くの別物だし現実はそう甘くない。そもそも私はコーチが考えたトレーニングメニューに従って体を動かしていただけだったのだから、そう簡単な話ではなかったのだ。

 にも関わらず、入社してからの1年で私の思考力は確実に高まっていた。根気強く指導を続けてくれている西谷さんには感謝しかない。早く一人前になって、私も会社の役に立ちたい。

「あれ?大和さん、まだいたの?」

 鈴木君に声をかけられ、パソコンに集中していた意識を取り戻した。

「え?‥‥やだ、もうこんな時間なの?」

 時間は既に深夜1時を過ぎていた。西谷さんは納期に余裕のある仕事を私に回してくれているので、私はいつも帰宅できる程度の残業しかしていない。今も走って通勤してるから電車は使ってないけど、終電後は人通りがぐっと減るので、極力電車が動いてる時間に帰っていた。

 少し悩んで、やっぱり自宅のベッドで寝たいなと思い、急いで準備して帰ることにする。

 繁華街を抜けてしばらくすると、通りに人影が全くなくて心なしかいつもより暗く感じた。早く家にたどり着きたくて、普段は避けていた最短ルートを選ぶ。

 住宅地の中にある小さな公園の前を通るそのルートは、コンビニを経由するルートに比べて人通りが少なかった。でもこの時間ならどっちみち人がいないのだから同じだろう。

「誰か!助けて!」

 公園の入り口に差し掛かったところで、女性の声が聞こえた。足を止め公園を見渡すと、少し離れたところで揉み合っている様子の人影が目に入った。

 何?痴話喧嘩?それとも女性が襲われてる?どっちにしても怖いけど、このまま素通りもできない。どうしよう‥‥

「静かにしろっ!」

 男が手を上げ、女性は殴られた衝撃で地面に倒れ込んでしまう。駄目だ、助けなきゃ。

「か、火事だーーー!」

 全身全霊で叫んだ私に驚いた男がこっちを向いた。やばい。この後、どうしたらいいの!?
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