社長が私を好き過ぎる

変なスイッチがオン

 俺が知る限り退社が1時を過ぎたのははじめてだったと思う。自分を含め、どうして大和がまだ会社にいることに誰も気づけなかったのかと歯噛みする。

 過ぎたことを考えてもしょうがない。大和が帰宅する準備を始めたようなので、俺も着替えて準備をする。

 ある程度距離をとって走らないと逆に大和を怖がらせてしまうので、時間が遅く人通りが少なかったその日は、気づかれないよういつも以上に注意してあとを追った。

 もう少しで大和の家に到着する頃、最後の長い直線で俺は異変に気づいた。

 前を走っていたはずの大和の姿が見当たらない‥‥帰りはいつも同じ道を走っているので、この直線で彼女が確認できるはずなのだ。途中のコンビニを覗いたがやはり彼女の姿はない。おかしい。どこで見失ったんだ?

 俺は全力疾走で大和の家を目指した。電気がついていない。彼女が道を変えた可能性を考えて別ルートを逆走する。彼女の名前を叫びたい気持ちをこらえ、全力で走った。

「いやーーー!」

 微かに叫び声が聞こえた。確かこの先に公園があるはずだ。最悪な想像を振り払い、俺は走るスピードを更に上げた。

 緩いカーブを曲がり公園にたどり着くと、倒れた状態の大和が男に見下ろされていた。その男が拳を振り上げる‥‥貴様!俺の大和に何をするつもりだ!!

 一瞬頭が真っ白になった。気づいたら俺は男に馬乗りになっていて、その男を殴りつけていた。お坊っちゃまだった俺は喧嘩なんてしたことなかったが、子供の頃護身のために通っていた空手がはじめて役に立ったと、拳の痛みで少し正気に戻った頭で考える。

 警察が到着し男の身柄が確保されると、安堵と不安が同時に押し寄せ、訳のわからない状態になっていた。

 俺が大和を見失ったことで大和に怪我を負わせてしまった‥‥俺にとってはそれが全てで変えようのない事実だった。全責任は俺にある。誰がなんと言おうと、これ以上大和が傷つくことは許されない。俺が絶対に大和を守る。

 完全に変なスイッチが入った状態で、俺は大和を自宅のマンションに連れ帰った。とりあえず大和を休ませ、彼女が困らないよう必要な物と人の手配を進める。彼女がいつ起きてもいいように食事の準備もした。

 俺はその日、大和の少しの変化も見落としたくなくて、寝室の音に耳を傾け続けた。

 客観的にみると、ただの変態だったと思う。

 だがこんなのはほんの序の口‥‥本当の変態は夜に現れる。
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