社長が私を好き過ぎる

運命

 正直な話、以前応接室で西谷さんと3人で話した内容とは比べ物にならない程の戦慄が走っている。

 ただ、社長が私を好き過ぎるってことだけは十分伝わった。ちょっと気持ち悪い程。身の危険を感じる程。私、ここで生活していて本当に大丈夫なのか?って思う程。

 頭ではそう思うのに、心は危険を感じていないのが凄く不思議だ。何故か大丈夫だって思えるし、安心しきってる自分がいる。

 この数日‥‥いや、1年か。社長が私を大切に大切に扱ってくれていたから、社長が私を傷つけるようなことをするはずがないという確信があるのかもしれない。

 社長はいつもと同じ魔王顔なのに、塩をふられたナメクジみたいになっていた。そんな感じがおかしくて、半分呆れ顔で問いかける。

「一体いつからそんなことになっちゃってたんですか?」

「完全に好きだと自覚したのは数日前だ。だけど、大和が俺にとって特別な存在になったのはもっと前‥‥大和がその右足を怪我した時だよ」

「え?それって‥‥」

「全日本大学女子駅伝。たまたまテレビで観てたんだ。大和がたすきを繋げるために、痛みに耐えて必死で前に進もうとする姿に、俺は激しく心を揺さぶられた。半分人生を諦めかけてた俺でも、大和みたいに必死に頑張れば、もしかしたら変われるかもしれないって思ったんだ」

「あれはそんな立派なもんじゃないですよ?リタイアしなかっただけマシってだけで、本当なら優勝できたのに私のせいで3位になっちゃって‥‥あれは私にとっては黒歴史です」

「それでも、あれがきっかけで俺は起業したんだから、俺にとっては間違いなく人生を変えた10分だった。会社名のレガルシーはイタリア語で繋がるって意味なんだ。あの時大和が必死で繋いだたすきは、今確かにここにある‥‥」

 そう言って社長は胸の前で手を握り締めた。

「大和がうちに来たのは偶然だった。俺の人生を変えた大和は実はとても普通の女の子で、それでも俺はあの時の女の子とはまるで違う大和を好きになった。あの10分がなければ俺達は出逢うことはなかった。今大和がここにいるのは、偶然じゃなくて運命だって思わないか?」

 私の陸上人生はあのレースをきっかけにして終わった。私にとって最悪な思い出が、社長にとっては人生を左右する出来事になっていて、私が偶然入った会社はあのレースがきっかけでできたのだという。だとしたら、あのレースもそう悪いものではなかったと思えた。

「運命‥‥確かに、そうかもしれませんね?」
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