社長が私を好き過ぎる

魔王降臨

「ごめんごめん、わかったよ。ちゃんと風呂入るから」

 鈴木君はへらへらと笑いながらお茶を口にする。彼はこうして話しているとわりと普通に見えるなと感じた。いやむしろ、イケメンかもしれない。普段トランス状態の彼しか目にしてないせいで、全く気づかなかった。まあ、イケメンでも変人過ぎて無理だけど。凄く臭いし。

 実際匂いが届かないせいか、少し離れた席に座る女の子達がこっちをチラチラ見ているようだった。

 鈴木君はガリガリのヒョロヒョロだが背が高いので見ようによってはモデル体型なのかもしれない。身なりを気にしない彼の服装はおそらく量販店のシンプルなシャツとジーンズなのだが、それなりに見えるから不思議である。しばらく着替えをしてないせいで凄く臭いけど。髪型も伸ばしっぱなしのロン毛を後ろでひとまとめにしているが、匂いとベタつきを無視すれば格好いい気がしなくもない。イケメンは得だ。

「そういえば今日の打ち合わせに途中から魔王が入ってきてさ、やっぱあの人マジ凄いわ。本当憧れる」

 『魔王』とはうちの会社の社長、真島幸三郎(まじまこうざぶろう)のことだ。

 詳しいことは知らないが、とにかく凄いという噂だけはよく耳にする。鈴木君をはじめ、社員の多くは彼に憧れてこの会社にいるらしい。

「多分見えてるものが違うんだろうな‥‥視点が全然違うんだよ。根本は同じはずなのに‥‥発想力に差があるのか?」

 基礎的なこともまともにできない私には次元が高過ぎて何が凄いのかさっぱりわからない。

 ちなみに魔王の所以は起業前、社長が大手企業のシステム部に所属していた頃まで遡る。

 ある時、規模が大き過ぎて手付かずだった旧型の基幹システムを刷新することが決定し、数億円規模のプロジェクトが立ち上がった。そこで社長は実働部隊のリーダーを任されていたらしい。

 大手のシステム会社が何社も関わる大がかりなプロジェクトで、当時20代だった社長は取引先の年長者達になめられていたのだろう。二言目には『無理だ、できない』と仕様書を突き返され、我慢に我慢を重ねた結果‥‥遂に魔王が爆誕する。

 社長は突き返された仕様書を設計書まで落とし込み、システムの構築までたった一人でやりきった。その結果を取引先の責任者に叩きつけ『契約を切られたくなかったらまともな奴を連れてこい』と言い放ったそうだ。

 その人間離れした能力と彼が纏う怒りのオーラは凄まじく、そこにいたすべての人が恐怖に震えた。その様子はまさに『魔王降臨』と呼ぶにふさわしく、今も業界内で語り継がれているとかいないとか‥‥
< 4 / 29 >

この作品をシェア

pagetop