社長が私を好き過ぎる
 小さい会社なので社長を実際に目にすることは多いのだが、確かに見ための雰囲気に魔王っぽさはある気がした。

 日本人にしてはほりの深い整った顔立ちをしていて背も高く、高級スーツの着こなしは魔王というよりモデルといった方がしっくりくるかもしれない。

 だが彼を魔王らしく見せる一番の要因はその表情だろう。美しいだけならモデルらしいその顔は一切感情を表に出さず、堂々とした佇まいも手伝って人に威圧感を与えるのだ。

 私は下っ端だし直接関わることはないが、社内で打ち合わせをする社長は遠目から見るだけでも怖い。話の内容がわからないから余計に怖く感じるんだろう。無表情なだけでこれだけ怖いのに、これに怒りが加わったらと思うと震えが止まらない。

 そんな社長も無表情を崩すことが極々稀にある。おそらく機嫌がいい時の表情だと思われるのだが‥‥もしかしたら何か悪いことを考えていた可能性もある。左の口角を上げて、擬音にするなら完全に『にやり』だ。逆に怖い。これなら見慣れてる分無表情の方がまだましである。

 社長のそんな不気味な表情を引き出すのは彼の旧友西谷司(にしたにつかさ)という人物だ。

 副社長の彼は仕事のできるイケメン。しかも社長と違って人当たりもいい。新人の教育担当をしてくれているので彼とは接点が多く、私にとっては身近な存在だ。厳しくも優しい尊敬すべき上司であり、魔王と唯一対等にやり合う彼は社内で勇者と呼ばれている。

 そんな彼曰く『真島は見ため程怖くない、意外といい奴』らしい。話せばわかるというのだが、私は勇者ではなく始まりの村の名もなき村人だ。魔王のそばに近づくだけでもダメージを受ける気がする。まだ死にたくない。

 そういえば同期の男の子達は鈴木君と同じで魔王に憧れを抱いていた。はじめの頃はわりと積極的に社長と関わりたがっていたのに、しばらくすると憧れよりも恐怖心が強くなり、結局辞めていったのだ。

 触らぬ魔王に祟りなし、である。

「あれで俺らと10歳も違わないなんて信じられないよ。10年後、俺も魔王みたいになれるかなー?」

 社長の魔王オーラなんてもろともしない鈴木君は、本当に凄いと思う。天才と変人は紙一重なのだろう。

「鈴木君ならきっとなれるよ。とにかく今は魔王というよりくさった魔物って感じだから、本当にシャワーを浴びて着替えた方がいい」

「くさった魔物って‥‥それをいうなら魔物じゃなくて死体でしょ?」

 突っ込みどころがずれている。鈴木君はなかなか面白い人だった。
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