社長が私を好き過ぎる

社長の過去

 『エムズホールディングス』

 企業名は知らずとも、スーパー『エムズマート』やコンビニ『ミニエム』を知らない日本人はいないだろう。他にも『食』を中心に人々の暮らしを支えることを目標とした様々な事業を展開している、国内有数の持株会社だ。

 そんな大企業の創業者が、たまたま俺の曾祖父だった。

 曾祖父が大きくした会社を祖父が更に大きくした。大きくなり過ぎて舵をきれなくなり、経営は父の代から血族に限らず有能な人材で担うようになったが、グループ内は『真島一族』で溢れている。

 創業者の直系の曾孫である俺も、当たり前のようにエムズホールディングスに就職した。

 といっても俺は三男だったし、兄達はとても優秀。子供の頃から大きなプレッシャーを感じることはなく、就職してもそれは変わらないはずだった。

 自分が『魔王』と呼ばれていることは知っている。そのきっかけとなった基幹システムの刷新プロジェクトが、俺を取り巻く環境を大きく変えたのだ。

 会社の核となるシステムは、規模が大きくなる度にその場しのぎで増設を繰り返してきたのだろう。非常に複雑であまりにも脆く、これまで何度も入れ換えが検討されてきたが、手付かずのまま放置されていた。このままではいつか致命的な問題が発生し、そうなってからでは取り返しがつかない。古いシステムを使い続けていれば時代の流れにも乗り遅れ、会社は必ず失速するだろう。

 やるなら今しかない。

 そう思った俺は使えるもの全てを使い、ありとあらゆるものを全部出しきって、死に物狂いでプロジェクトを成功に導いた。

 何年もの間実行不可能だとされていた最重要案件を片付けた俺の手腕は高く評価され、様々な思惑を持った人間が接触してくるようになった。

 その能力を会社の経営に生かすべきだと望む者、自分の手足として利用しようとする者、目障りだと排除しようとする者‥‥これまで無縁だと思っていた重圧をひしひしと感じ、俺の中で違和感が膨れ上がる。

 あの時の高揚感は忘れられない。終わった時の達成感も半端じゃなかった。やっと仕事の面白さを実感できたのに、俺の意思とは無関係にどんどん外堀が埋められていく‥‥『真島』を支持する根強い層が俺を社長の座に据えようとしていたのだ。その結果、俺は経営企画本部に異動することになる。

 将来を見据えて経営学を学んでいた兄達とは違い、俺は自分の能力に見合うと考え大学では情報工学を専攻していた。だからあのプロジェクトを成功させることができたというのに、畑違いもいいとこだ。
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