社長が私を好き過ぎる

朱莉との出逢い

 専門分野ではなくてもこれだけ大きな会社なら周囲に知恵を借りながらそれなりに成果をあげることは可能だろう。俺に求められているのは『真島』という看板なのだ。俺を担ぎ上げようとしている奴らにとってはむしろ無能な方が都合がいいのかもしれない。

 元々野心のなかった俺はそれまで適当に生きてきた。親が満足し兄達に敵視されない範囲の中にいれば、俺はかわいい末っ子として多くを許され、自由で気ままな生活を保証される。

 今回のプロジェクトが例外だったのだ。始めてしまったからには全力で取り組まない限り大ゴケし、数億円の予算がどぶに流れ、元のシステムが止まれば被害はそれどころではない。

 俺がそんなプロジェクトを任されたのは、もしかしたら『真島』を排除したい人間が失敗を期待して仕込んだ諸刃の剣だった可能性もあるだろう。

 考え出したらキリがない程この会社は陰謀や策略にまみれていた。その渦に巻き込まれないためにこれまで適当に生きてきたのに、面倒にも程がある。

 このまま流されればこの先何かと面倒に巻き込まれ、その一方で面白くもない仕事をやらされ続ける‥‥そんな人生はごめんだ。

「はああ‥‥‥‥」

 休日の午後、何もやる気にならなくてなんとなくつけたままになっていたテレビの画面を眺めながら、俺は自分の将来を憂いていた。

『ああ!転倒です!トップを走っていた青学の大和が転倒しました!』

 流れていたのはマラソンだったようで、選手の転倒で解説の声が大きくなり、意識を取り戻した俺は自然とテレビに注目した。

 転倒した選手はすぐに立ち上がろうとしたものの、力が入らないのか立ち上がれずに再び転倒した。それでも歯を食い縛り必死の形相で立ち上がって走り続けようとしている。怪我をしたのか左の足から激しく流血しており、手や顔にも傷ができていた。

『転倒による怪我でしょうか?足の痛みがだいぶ強そうです!残り1キロ、無事にたすきを繋ぐことはできるのか!?』

『右足をかばってますね‥‥故障が原因かもしれません。心配ですね‥‥』

 マラソンではなく駅伝だった。どう見ても歩ける状態ではなさそうだが、彼女がここでリタイアすればチームが負けることになってしまうのだろう。彼女は右足をかばいながら流血している左足で前に前に進もうとしていた。何度も転倒を繰り返し、彼女は右足をかばうことを諦めた。右足を着地させる度に想像を絶する痛みが彼女を襲っているのが画面から伝わる。

 コーチが彼女に近づいてリタイアを呼び掛けているようだが、彼女はそれを拒否し続ける。

 見ているこっちが苦しくなる程の状態だというのに、何が彼女をここまでさせるのか‥‥俺は彼女から目が離せなくなっていた。
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