心を切りとるは身を知る雨
 うちわは去年の夏祭りに配布したもので、祖母が大事に使ってくれているようだ。しぐれもすぐに夏祭りが何かわかってくれたようで、うなずく。

「切り雨さんって、商店街の?」
「うん。夏祭りに出てくれるって言ってくれてさ。何度も足を運んだ甲斐があったよ」
「なーんだ、イベントのお誘いでよく切り雨に行ってたんだ」

 拍子抜けしたようにしぐれはそう言う。

「なんだと思ってたわけ?」
「私じゃないよ。近所でうわさになってるんだよ。店主さんって綺麗な人だし、お兄ちゃんと何かあるんじゃないかって思われてるよ」
「何もないよ」
「だから、誤解されてるよって話」
「心配してくれてるのか?」

 あいかわらず、小さなことに尾ひれがついてあっという間に広がる町だなと苦笑すると、しぐれがいぶかしそうに眉を寄せる。

「心配なのは、切り雨さんの方。迷惑かけちゃダメだよ。変なうわさはすぐに立つんだから。彼氏がいたらどうするの?」
「迷惑承知で行かなきゃ、夏祭りに参加してもらえないよ」
「強引だねー」

 あきれ顔のしぐれを、祖母は目を細めて眺めている。会話を弾ませる孫たちの元気な姿を楽しんでいるようだ。

「まあでも、彼氏に誤解されてるなら謝っておかないとな」
「いるの? 彼氏」
「さあ、聞いてない。聞いてみるよ」
「やめてよ。デリカシーないんだから」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ」

 やれやれと肩をすくめて立ち上がる。

「今日も切り雨に行くの?」
「ああ、打ち合わせしてくるよ」

 信用がないのか、しぐれはまだ心配そうにしていたが、何も言ってこないから、そのまま居間を出た。

 未央からは開店前に来て欲しいと言われている。彼女は店をひとりで切り盛りしていて、日曜日は観光客の来店が多く、ゆっくり話す時間が取れないからだそうだ。

 朝晴は自室へ戻ると、イベント案内の書類をバッグに入れて家を出た。
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