心を切りとるは身を知る雨
「あっ、井沢さん」

 引き戸を開けると、にこやかに微笑む朝晴が立っていた。

「日曜日でお忙しいかと思ったんですが、大丈夫ですか?」
「はい、どうぞ。意外と、お昼どきは空いてるんですよ」

 普段は閉店間際の夕方に来ることの多い朝晴が、この時間帯に訪れるのは珍しい。彼は店内に誰もいないのを確認して、ゆっくりと入ってくる。

「昨日は東京へ行ってきたんですよ。帰りに寄るつもりが遅くなってしまって」

 週末になると、朝晴は展覧会を見によく東京へ行くようだ。だから、毎週必ず、顔を見せに来るわけではない。会いたいとお願いしているわけでもないし、申し訳なさそうな朝晴には戸惑ってしまう。

「今日は何かお探しですか?」

 しぐれに誤解されるだろうと思うと気まずい。恥ずかしさを隠すように尋ねると、朝晴は苦笑いする。

 未央に会うことが朝晴の目的なのは明白だからか、軽くかわされて困ったように髪をかく彼を見て、しぐれはにやにやしながら作業台へ戻っていく。

「そういえば、新作に取り組んでるって言ってましたよね。完成しましたか?」

 少し間をおいて、朝晴は尋ねてくる。

「はい、ついさっき。ご覧になります?」
「ぜひ」

 未央はカウンターの上の額縁を持ち上げると、あらかじめ、店の中央に作っておいた空きスペースに運ぶ。飾りつけると、朝晴は早速、しげしげと眺める。
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