心を切りとるは身を知る雨
 未央からイベントに参加したいと電話がかかってきたときは、正直驚いた。どれほど誘っても頑として首を縦に振らなかった彼女に何かあったのは間違いないだろう。電話では詳しく聞けなかったが、直接会えば、心変わりの理由を聞けるだろうか。

 切り雨に着くと、ちょうど未央が店先の掃き掃除をしているところだった。

 清楚な無地のワンピースをまとう品の良い後ろ姿をまじまじと眺める。後ろで束ねた髪からのぞく真っ白なうなじが綺麗で、思わず見とれそうになるのは、どんな男であってもそうだろう。垢抜けた女の人にあまり出会えない町だからこそ、彼女自身は控えめなのに、うわさになるのも仕方ないほどやけに目立つ。

「おはようございます、八坂さん」

 いつまでも後ろ姿を見つめていると、あらぬうわさを立てられかねない。声をかけると、未央は驚いて振り返る。

「井沢さん、いつからそこに? 全然気づかなくてごめんなさい」
「いえ、いま着いたばかりです」

 嘘ばっかりだが、笑顔でそう言うと、彼女はなんの警戒心もなくほほえんで、店の引き戸を開く。

「中へどうぞ」
「開店前に入っては、ご迷惑では?」

 しぐれの忠告が脳裏をよぎって、そう尋ねる。

「大丈夫ですよ。お呼び立てしたのは私ですから」
「いえ、そうではなくて」
「そうではなくて?」

 未央は不思議そうに首をかしげる。

 うわさされていることを知らないのだろう。どこか浮世離れした雰囲気を持っているし、普段から下世話な話などしないように見える。
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