心を切りとるは身を知る雨
「お付き合いしている方に誤解されませんか?」

 はっきりと尋ねると、彼女はびっくりしたようにまばたきをした。

「そのような方はいませんから、ご心配なく」

 そう言って、くすりと笑う。

「俺もいませんよ」

 聞かれてもないのに答えて、店内へと入る。

「井沢さんはご結婚されてないんですか? 落ち着いていらっしゃるから、てっきり」
「もう32になりますが、まったく縁がなくて」
「私より5つ年上なんですね」
「八坂さんはお若いですね」

 妹のしぐれより2つ年上のようだが、年不相応に落ち着いている。いや、しぐれが子どもっぽいだけかもしれないが。

「井沢さんだって」

 軽口をきくように話したあと、未央はカウンターの前に置かれた椅子に案内してくれる。

「昨夜は遅くにお電話して申し訳ありませんでした。今日もいらっしゃるっておっしゃっていたから、わざわざお電話しなくてもよかったですよね」
「いえ、イベントの書類を持ってきたので、二度手間にならずにすみました」

 バッグから書類を取り出して、カウンターに広げる。イベントの計画書や安全に関する契約書、会場のレイアウトなど、さまざまな書類だ。

 未央はそれらを一枚ずつ手に取り、入念に確認していく。切り絵作家だからか、それとも、彼女の所作が美しいだけなのか、指先の動きひとつ取っても丁寧で、品の良さが漂っている。

「どうして、参加してくれる気になったんです?」
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