心を切りとるは身を知る雨
 しかし、これから先も、真相はわからないだろう。文彦は運転中に電話に出るような人ではなかった。あのとき、普段しないことをしてしまうぐらい追い詰められていたなら、その責任は未央にもある。そして、自分を追い詰めるようなことをした文彦本人にも。

「そうなんですか?」

 未央は首を横にふる。

「誰のせいでもないと思っています」

 運命だった。そう思えるならそう思いたい。誰に左右されたわけでもない、悲しい事故だった。文彦がもう還らないなら、そうであってほしいとすら思っている。

「文彦さんが生きていたら、公平さんは未央さんとの結婚を望まなかったんでしょうか?」
「きっとそうだと思います。彼は違うって言うかもしれないですけど」
「ずいぶん、好かれてるんですね」

 朝晴はおかしそうに目を細めて、くすりと笑う。

 深刻になりすぎないよう、わざと茶化したのだろう。そういう気づかいのある優しさに、未央は心惹かれる。

「敬愛だと思いますけど」
「なるほど。未央さんを尊敬する気持ちはわかるような気がしますよ」
「そうですか?」
「俺は違いますけどね。一人の女性として、魅力的だなって思ってますから」

 さらりと告白するから、未央はあわててまぶたを伏せる。

 朝晴はどうしたいのだろう。婚約者がいるとわかっていても、まだ抱きしめたいと思ってくれてるだろうか。

「正直、昨日は邪魔されたような気分で、つい、未央さんが親しく話す彼に冷たくしてしまいました。もう一度チャンスがもらえるなら、抱きしめてもよかったのかどうかの返事をください」
「いま、ここで?」
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