心を切りとるは身を知る雨
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 八坂の一人娘である未央は、将来を期待され、いずれ、父のような立派な大人になるために、母より厳しくしつけられてきた。しかし、幼稚園児のころから手先の器用さや絵を描く才能を見せつけ、学生時代には数々の絵画コンクールに受賞し、両親は早々に、父と同じ道は歩めないと断念した。

 それならば、八坂の名に恥じない家に嫁がせたいと考えたのだろう。昔から親交のあった財前家との縁組の話が、本人たちの預かり知らぬところで進んでいた。

 文彦と婚約するように、と両親から言われたとき、切り絵作家の道が絶たれることは覚悟したが、未央はそれでもよかったのだ。

 父のようにはなれない自分が、両親をがっかりさせているのはわかっていたし、その上で、これまで切り絵作家としての活動を応援してくれた両親が認めた相手との結婚だ。強い抵抗はなかった。

 しかし、文彦が浮気したと知ったとき、両親の思いや自身の生き方まで否定されたような気分になった。文彦は背負うものの大きさが何もわかっていない。彼に対してこんなにも失望するとは思ってなかった。

 両親も破談は仕方ないと受け入れてくれたが、すぐにでも別の縁談を決めるつもりだっただろう。だから、清倉で切り絵の店をやりたいと言い出した未央に反対した。今でも、できることなら結婚して、東京で暮らしていてほしいと願っているだろう。

 公平がふたたび、切り雨を訪ねてきたのは、翌週の日曜日だった。

 未央は興味津々のしぐれを休憩に行かせると、公平を店内へ招き入れた。

「あれから、考えてくれましたか?」

 自然と惹きつけられるように、『天泣』の前へと歩み寄った公平は、深刻そうな顔つきで尋ねてきた。
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