心を切りとるは身を知る雨
 彼は去年、大学院を卒業した。今は財前不動産の本社に勤務している。兄の代わりに財前を継いでいく未来を描いていなかったであろう彼の肩にかかる重圧は、父のように立派にと期待されていた未央もわからないでもなかった。きっと、そばで支えてくれる人が必要だ。公平はその相手に、未央を選んだのだと思う。

「文彦さんが亡くなって、3回忌もまだですから」
「破談になってからは、ずいぶん経つよ」

 そろそろ、忘れてもいいころだろう。公平はそう思っているみたいだ。

「気持ちの整理をするには、まだ足りないんです」

 そう言うと、公平は情けなさそうに眉をさげる。

「兄さんが生きてたら、やり直してたかもしれない?」
「……わからないです」

 幸せに過ごした日々を取り戻したい。そう言ったのは、夢に出てきた文彦だった。あれは、未央の願望が見せたものかもしれないが、それすらあやふやだ。

「あの日、兄さんが俺に何を伝えたかったんだろうって、ずっと考えてるよ」

 天泣に描かれた三人の子どもたちを見つめ、公平は息をつく。

「答えは出ましたか?」

 答えのないものに答えを見つけるのは苦しいだろう。結局のところ、自身の願望を認めるだけの作業だ。

「兄さんは未央さんとやり直すつもりだったと思う。あの事故の何日か前に、俺、兄さんに言ったんだ。俺が未央さんと結婚するから、兄さんがどれだけ復縁を望んでも無駄だって」
「文彦さんは、なんて?」
「黙ってた」
「そうですか」
「兄さんは昔から、気に入らないと黙り込む人だったから、俺と未央さんの結婚は認めたくなかったんだと思う」

 公平はこちらを振り返ると、ゆっくりと深く頭をさげる。
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