心を切りとるは身を知る雨
「未央さんから兄さんを奪って、申し訳なかった」

 震える公平の黒髪に、未央はそっと手を伸ばす。

 苦しいのは彼も同じだ。大切な人を失った。文彦が生きていたら、三人で過ごせた未来は必ずあったのに。

「泣いてもいいんですよ」

 彼はぴくりと肩を震わせる。

「ずっと泣いてないんですよね? お葬式でも、気丈に振る舞ってましたから」

 そう言うと、公平は目もとをこすり、顔をあげた。わずかに潤み、赤くなる目には、気丈な力強さがある。これから財前を背負う男に、涙は似合わないとわかっているのだろう。

「泣きませんよ、俺は」

 公平の決意を受け止めるように未央はそっとうなずいて、天泣の額縁に触れる。

「どうか、天泣をもらってやってくれませんか?」
「いいんですか?」
「はい。公平さんの代わりに、この作品が泣いてくれますから」

 そう言うと、公平はまばたきをした。

「俺の代わりに泣く……?」
「妙なことを言って、気を悪くなさらないでくださいね」
「ならないですよ。むしろ、兄さんと未央さんが、俺をずっと見守ってくれてるような作品だって感じてたんです」
「そう思ってくださいますか?」

 にっこりすると、公平もようやく固い表情を崩し、尋ねてくる。

「気になってたんですが、女の子と手をつないでる男の子は、兄さん? それとも、俺?」
「それは、見る人が決めるものですから」
「それじゃあ、俺ってことにしておきます」

 彼は自信満々にそう言うと、未央がよく知る無邪気な笑顔で笑った。




【第四話 天泣 完】
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