心を切りとるは身を知る雨
 両親に直接会い、公平との婚約について話し合う必要は感じていたが、平行線で終わる気がして、思い悩んだ末、両親にあてたハガキを書いた。

『これから先もずっと、誰とも結婚する気はないのです』

 そう記した一文に、両親はどう思うだろう。今はそう思っているだけで、公平ならその凝り固まった気持ちを和らげてくれるんじゃないか。そんなふうに説得してくるかもしれないと想像すると、やはり会う気になれなかったのだ。

 今日は切り雨の定休日だ。未央は、新作の製作に一日集中するつもりで、店に戻るとすぐにアトリエに入り、下書きを取り出した。

「井沢さんなら、気に入ってくれるでしょうか」

 新作のテーマは決まっている。未央の思いを反映した花嫁だ。

 朝晴との出会いによって、文彦への気持ちに整理がついてきている。少なくとも、文彦との恋は終わったのだと自覚できている。一方で、描いていた花嫁にはなれなくて、結婚しないと決めた自分を救いたい気持ちがある。

 それを形にしようと取りかかったのは、ウェディングドレスを着た女性のデザインだった。

 早速、未央は花の図鑑を開き、下書きのウェディングドレスにえんぴつを乗せた。ドレスには、朝晴の好きな月見草を。空には、月を隠す雲から降る雨を。

 不思議と、行き詰まっていたえんぴつがスラスラと動いた。

 すぐに、下書きは完成した。右下に、未央はタイトルを記す。『月の雨』と。
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