心を切りとるは身を知る雨



 昼過ぎに、有村くんはひとりで切り絵体験コーナーへやってきた。友だちも誘ってみたが、興味がないと断られてしまったらしい。それでも彼は意欲的で、見本の風鈴を見るやいなや、「こういうのが欲しかったんだ」と目を輝かせた。

「画用紙の色はどうしますか?」
「何色があるの?」
「青に赤、緑や紫といろいろありますよ」

 色画用紙をいくつか広げてみせると、有村くんはそれらをじっと見つめて考え込む。

 風鈴と言えばこの色、お母さんの好きな色、自分の好きな色、窓辺に合う色……さまざまな色を想像しているのかもしれない。そんな様子をほほえましく見つめていると、ビニール袋をさげた朝晴がやってくる。

「有村くんも来てたのか。昼は食べたか?」
「うん、さっき友だちと」
「そうか。八坂さんはどうです? たこ焼きやのおじさんが八坂さんにもって」

 朝晴がビニール袋を持ち上げて見せる。たこ焼きのいい香りがふわっと広がる。

「わざわざ持ってきてくださったんですか? ありがとうございます。さっきまで女の子たちがたくさん体験に来てくれてたので、お昼はまだなんです」
「じゃあ、あとで一緒に食べましょう。有村くんはこれから作るのか?」

 朝晴はパイプ椅子に腰かけると、有村くんの手もとをのぞき込む。彼はほんの少し居心地悪そうにしたが、青の色画用紙を指差す。

「青がいいけど、青はこの色だけですか?」
「それでしたら、露草に(はなだ)、あとは水色に近い空色とありますよ」

 未央はそう言って、寒色の色画用紙の中からいくつか選び取る。

「青にもいろんな色があるんだなぁ。俺は縹色がいいかな」
「先生は黙っててよ」

 有村くんは唇をとがらせて不満を漏らしつつ、縹色と空色を何度か見比べたあと、空色を持ち上げた。

「これにします」
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