心を切りとるは身を知る雨
「そうなんですか?」
「好きなときに出かけて、欲しいものが買えて、おいしいものが食べられる。お金さえあれば人脈だっていくらでもできる。そう思ってたんですよ」

 告白しなくていいことを言ってしまったような後悔、気恥ずかしさ、そんな苦々しい表情を見せて、朝晴はうっすら笑う。

「清倉の子たちはみんな素直なんですよ。接してるうちに、あたたかい家族に囲まれて過ごすのもいいなと思うようになりました」
「恋人はいらっしゃらないんでしたっけ」
「次に付き合う人とは結婚を意識したいなと考えてます」
「良い方に出会えるといいですね。井沢さんなら難しくない気がします」

 にっこりほほえむと、朝晴はなぜだか、ホッとしたように息をつき、たこ焼きをビニール袋から取り出す。

「たこ焼きを一緒に気軽に食べてくれる女性とは付き合って来なかったので、昔の自分と今の自分にギャップを感じてるんですけどね」
「東京にいらした頃の井沢さんはきっと、ブランドのスーツが似合う敏腕なイベントコーディネーターさんだったんですね」
「想像できますか?」
「イメージだけ。どちらも素敵な気はしますけれど」
「どちらもですか」

 朝晴はうれしげに背筋を伸ばす。そのしぐさをなんともおかしく思いながら、たこ焼きを口に運ぶ。

「たこ焼き、美味しいですね。私も、男の人とこうやって、たこ焼きを気さくに食べたのは初めてな気がします」
「どうですか? 男とたこ焼きを食べるのは」
「楽しいですよ。井沢さんとだからかもしれないですけれど」
「俺も、そうかもしれない」

 朝晴はしみじみとつぶやくと、照れくさそうにたこ焼きを一つ、口に放り込んだ。
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