心を切りとるは身を知る雨
***


「あら、雨が降りそう」

 どんよりと曇る空を見上げて、未央は紙袋をさげるふたりの客を振り返る。

「このあと、ホテルにお戻りになるんですよね。じきに降り出しそうですから、お気をつけて」
「ありがとう。濡れちゃうといけないから、このままホテルに帰ります」

 若いカップルの観光客は、お互いに顔を見合わせるとうなずき合い、購入したばかりの切り絵が入った紙袋を大事そうに抱えて帰っていく。その後ろ姿を見送っていると、商店街の通りの奥の方から朝晴が駆けてくるのが見えた。

 まっすぐこちらに向かってくるように見えて待っていると、朝晴は笑顔で手を振ってくる。やはり、切り雨を訪ねてきたようだ。

「八坂さん、先日はおつかれさまでした」

 清倉中学校で行われた祭りのことだろう。

「あっという間で、楽しかったです。こちらこそありがとうございました。今日はわざわざ、ごあいさつに?」
「ええ。ご協力いただいた店主さんに順番に。切り雨さんを最後にと考えていたので、ごあいさつが遅れました」
「それはおつかれさまでした。このあと、ご用事は?」
「ないです。八坂さんとゆっくり過ごしたくて最後にしたんですから」

 さわやかな笑顔で、朝晴は言う。

 話がしたくて来たのだろうか。商店街の店主たちに若い人がいないわけではないが、朝晴より年上の方ばかりだし、同世代として親しみを持たれているのかもしれない。

「中に入られますか?」
「ご迷惑でなければ」
「ちょうどお客さまが帰られたところですので、どうぞ」

 招き入れると、朝晴はいつものように店内を見回す。よほど気に入ってくれているのだろうか。ディスプレイは変えていないけれど、繁々と作品を眺めていく。

「気になるものがあれば、おっしゃってくださいね。手に取ってごらんいただけますから」
「どれも素晴らしいんですけどね、俺が出会う作品はまだここにない気がするんですよ」
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