心を切りとるは身を知る雨
 朝晴は面白いことを言う。

「これから先の未来に、井沢さんの気に入るものがつくれますでしょうか」
「出会える予感がします」

 きっぱりと答える彼の後ろに人影が見える。すりガラスの引き戸は、中古の店舗を改装した際、わざわざ遠方の建具屋から取り寄せたものだ。自動ドアではない引き戸に戸惑うような人影がゆらゆらと揺れている。

「お客さまかしら」

 近づこうとしたとき、引き戸をつかんだようで、ガタガタと音が鳴る。引き戸は片側しか開かないようになっている。内側から手伝うように戸を引くと、「あっ、そっちか」というつぶやきとともに、ハンチング帽をかぶった男の人が顔を出す。年のころは40代だろうか。どこかで会ったことがあるような顔だが、すぐには思い出せない。

「こちらって、切り雨さんで間違いないですよね?」
「はい、そうですよ。切り絵を扱っております」
「ずいぶんしゃれた店だな……」

 よく日焼けした肌に筋肉質の体つき。清潔感のあるシャツとチノパンには新品特有のしわが入り、精一杯のおしゃれをしてきたようにも見える。

 場違いなところへ来てしまったとばかりに、大きな体を縮こませた男の人は、ある切り絵に気づき、まばたきをした。どう見ても初めての来店客だが、まるで、その切り絵の存在を知っていたかのような驚きようだ。

 それは『七下の雨』だ。入り口近くの目立つところに飾られているから、一番最初に眺める客は少なくない。
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