心を切りとるは身を知る雨
「ありがとうございます。どんな作品をお探しでしたか?」
「タイトルは忘れたんですが、風鈴の……」

 父親は気になるように、入り口近くの切り絵へ目を移す。

「七下の雨ですね? 先日、有村さんが熱心にごらんになってました」
「ああ、そうですそうです、七下の雨です。七下の雨がすごいんだって、息子が妻に話してましてね」
「そんなにお話に?」

 ほほえましくてそっと笑うと、父親は大真面目な顔をする。

「大興奮ですよ。なんでも、つらいことがあっても自分の代わりに泣いてくれるから、悲しみを預けておけるすごいものなんだとかなんとか。一風変わった話を息子がするものですから、妻もどんな作品なのか興味があるようで」
「へえ、面白い話ですね」

 朝晴も興味深そうに身を乗り出す。

「七下の雨はそちらですよ。近くでごらんになりますか?」

 壁にかけた額縁に両手を添えて外し、ガラスケースの上へとそっと置く。父親と朝晴が同時にのぞき込む。

「やっぱり、これですか。息子はこの風鈴を見たんですね。あんまりこういうのは詳しくないですが、たしかにすごい。なんていうか、めちゃくちゃ緻密なデザインなんだなぁ」
「風鈴の模様はアサガオですか。本物のような描写もさることながら、雨の細かさも素晴らしいですね」

 驚嘆する父親の横で、朝晴も感心するように言う。

「ありがとうございます。雨は涙を模していて、いつだって誰かの代わりに泣いていてくれるんですよって、有村さんにはお話したんです」
「ふしぎと感謝したい気持ちになるのも、それでなのかなぁ」

 父親は感慨深そうにつぶやいて、じっと七下の雨を見つめる。有村くんがそうしていたように。
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