心を切りとるは身を知る雨
「お気持ちはありがたく思っていますけど、イベントに出す作品を今からご用意するのは難しいと思います」

 月末、近所にある中学校の校内で、毎年恒例の夏祭りが行われる。商店街の活性化と学生たちの知見を広げることを目的としたイベントで、商店街に店を出す店主が各々自慢の商品を持ち寄って、中学生とその保護者に販売するというもの。

 イベントの企画運営に携わる朝晴が、未央にも出店してほしいと、初めて頼みに来たのはひと月ほど前になる。

 企画の趣旨には賛同できるものの、未央が普段販売している切り絵は高額なものが多く、学生相手の売り物となると、別で用意しなければならない。材料の準備は間に合ったとしても、製作時間が足りないというのが本音だ。

「先日、見せていただいたポストカードも素晴らしいデザインばかりですし、なんとかなりませんか?」
「申し訳ありません。ご期待に添えなくて」
「そうですか……。残念です」

 朝晴は悲しそうに肩を落とす。ひどくがっかりしたように見せるのも手だろう。泣き落としのようにして、未央の心を動かそうとしているのだ。

 初めて会ったときは笑顔が素敵な好青年という印象だったけれど、結構、しつこい熱血漢のようでもある。だからといって、無礼な感じもなくて憎めない、不思議な人だ。

「また明日、出直し……」
「何度来ていただいてもお返事は変わりませんよ。どうぞ、気をつけてお帰りください」

 彼の言葉を遮って釘をさし、帰るように促したそのとき、「あのぅ……」と、開いた引き戸の奥から、男の子がひょっこりと顔を出した。
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