心を切りとるは身を知る雨
「張り切りすぎて、ちょっと強引なところがあるので、迷惑かけてないかなって心配なんですけど」
「迷惑って、どなたに?」
「兄、井沢朝晴っていうんです」

 未央は知った名前を聞いて、まばたきをした。

「井沢さん? じゃあ、あなたは……」
「井沢しぐれって言います。いつも兄がお世話になってます」

 しぐれと名乗る女の子が丁寧にあたまを下げると、ポニーテールにした長い黒髪がさらりと肩から落ちる。

「私の方こそ。先日も、元気にしてますかって、様子を見に来てくださったんですよ。日曜日はよく商店街へいらっしゃるみたい」
「前は全然、来てなかったんですよ。ひまがあれば、仕事の顔つなぎだって言いながら、東京に遊びに行ってたし」
「そうなんですか?」
「私が元気になったら、東京に戻りたいんだと思います」

 そう言うと、しぐれは悲しげに足もとへ目を落とす。ブラックのワイドパンツからは可愛らしい赤い靴を履いた足がのぞいている。

「私の身体がこんなふうになったのも、夏の終わりなんです」
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