心を切りとるは身を知る雨
 思い出話をするように、しぐれは話し出す。

 未央はひざを折ってしゃがむと、名残の夕立へ目を移す彼女の横顔を黙って見つめる。

「切り絵のお店ができたって聞いて、オープンしたばっかりの頃にも来たことがあるんです。あのときには、この切り絵はなかったと思うんです」
「こちらが完成したのは春ごろで、比較的新しい作品なんですよ」
「じゃあ、はじめて見たのは今年の春だったのかな。初デートで見た暑い夏の光景とリンクして、目の前がパァッと明るくなったような衝撃があったんです」
「はじめてのデートはバイクで?」

 初々しい恋の話に耳を傾けると、しぐれもわずかに恥ずかしげな笑みを浮かべる。

「年上の彼氏で、ライダーだったんです。デートはだいたいバイクで出かけてました。細身の背中がたくましく見えて、しっかりしがみつくと、彼を独占したような気になって。すごく幸せだったなぁ」

 今は過去形の恋をなつかしそうに話すしぐれは、ふと、表情を曇らせる。

「もうずいぶん前の夏に、私の恋は終わったんです。私にとってあの夏の出来事はつらい記憶でしかないはずなのに、どうしてか、この切り絵を見てると、また夏が好きになれそうな気がするんです」
「それで、何度も見に来てくださってたんですね」
「見るだけで、ごめんなさい。今は働いてないから兄に迷惑かけてるのもあるし、なかなか買う勇気がなくて」

 名残の夕立はサイズが大きく、値段も高めだ。しかし、勇気が出ない理由はそれだけではないだろう。手放したはずの恋の記憶を、手もとに置いていいのか、迷っているのかもしれない。

「遠慮なく、何度でも見に来てくださいね」
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