心を切りとるは身を知る雨
「でも、売れちゃったらもう、同じものは見れないですよね?」
「額に入った作品に関しては、同じデザインではお作りしてなくて」
「ですよね。一点ものですよね」

 残念そうにするしぐれの視線はやはり、バイクに向いている。別れた彼の乗っていたバイクに類似しているのかもしれない。だからこそ、彼との幸せな記憶を思い出すのだろうか。

「バイクの切り絵を作るのは、これが最初で最後になると思います」
「やっぱり大変ですよね、作るの。だってこのバイク、本当に切り絵なのってぐらい、すごくリアルですもん」
「バイク好きなお客さまもそう言ってくださいます」
「そっかぁ。バイクで来る観光客もたくさんいますよね」

 悩むように眉をよせた彼女は、名残の夕立としばらくにらめっこしていたが、しゃがんだままのこちらに気づくと、ハッとする。

「あっ、ごめんなさい。もうちょっとだけ見てていいですか?」
「ええ、かまいませんよ」

 そっと立ち上がると、カウンターの中へ戻る。整頓途中の伝票を引き出しに戻し、代わりに取り出したスケッチブックにえんぴつを滑らせる。

 未央はいつも無意識に、心を惹きつける美しいもの、神々しく光ってみえるものをスケッチしてしまう。

 程なくして出来上がったのは、車椅子に乗ったロング髪の女の子の横顔。このスケッチを見たら、しぐれが気を悪くするかもしれない。未央はそう思って、スケッチブックを一枚めくる。

 今日は気分が乗って、何か書ける気がする。ふたたび、えんぴつを握ったとき、

「やっぱり、すぐ売れちゃうかなぁ」

 と、しぐれのひとりごとが聞こえた。
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