心を切りとるは身を知る雨
「近くに住んでるんですよ」
「そうだったんですか。ご自宅はどちらに?」
「商店街を抜けた先に図書館がありますよね。その裏手の田んぼ道をまっすぐ行ったところにあります」
「ちょっと距離ありませんか?」

 全然近くない。あきれながら、おかしそうに笑う彼とともに、ふたたび歩き出す。

「しぐれはバイクの切り絵が気に入ってるとか」
「はい。何度も見に来てくださってますよ」
「そうらしいですね。俺より先に、八坂さんと知り合ってたなんて全然知らなかったな」

 ごちるように朝晴はつぶやいたあと、未央が答えに窮してるのに気づいて、

「どうして、バイクを切り絵にしようと?」

 と、気まずげな笑みを浮かべて尋ねてきた。

「あ、それは、まだお店をオープンさせたばかりの頃だったでしょうか。バイクで旅行に来られた方が、店の前で雨宿りされたことがあったんです。あまりに絵になるお姿だったので、バイクと雨をデザインしてみようと思ったんです」
「じゃあ、モデルになったバイクはその旅行客の?」
「あっ、いいえ。似たバイクが……そう、これから行かれるバイク屋さんの入り口に、展示用のバイクがありますよね。そちらを見せていただいて、デザインしたんです」

 朝晴も思いあたったのだろう。「ああ」とうなずき、バイク屋が見えてくると、「あれですよね」とショーウィンドウに置かれたバイクに自転車を引きながら駆け寄った。
< 35 / 156 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop