心を切りとるは身を知る雨
「こんにちは。どうぞ、中へ入って」

 未央は珍しい客に少々驚きつつ、引き戸を大きく開く。

 ここ、清倉(きよくら)は、観光地として広く知られているわけではないが、美しい海と山の景色が望める展望台があり、一年中、観光客が訪れている。

 切り雨にやってくる客のほとんどは、商店街をぶらりと散策する観光客だ。ギャラリーをのぞくようなつもりで気軽に入ってくる彼らには、小さな壁飾りやポストカードなどの小物がよく売れる。

 店番は未央ひとりでやっているが、休日ともなれば、アルバイトの必要を感じるほど繁盛する日もある。それなのにどうして、本日ふたり目の訪問者は、地元の中学生であろう少年だった。

「おや、有村(ありむら)くんじゃないか」

 おずおずと店内へ進み入る少年を見て、朝晴が驚いたように言う。

「あ……」

 と、声をあげた少年は後ずさりする。

「お知り合い?」

 逃げ帰ってしまう気がして、どちらにというわけでもなく尋ねると、朝晴が口を開く。

「俺、彼の担任なんですよ」

 朝晴が清倉中学校の教師だということは前に聞いていた。自ら望んで夏祭りを取り仕切っているという話も。

 しかし、生徒に関する話は聞いたことがなくて、今更ながらに、彼が教職に就いてる人なのだという実感が湧いてくる。なんというか、彼には教師らしい厳格さを感じさせないカジュアルな雰囲気があるのだ。

「教え子の有村くん。こちらは切り雨の店主さんだよ」

 朝晴に紹介された有村くんは、「はじめまして」と言う未央に向かって小さく頭を下げる。

 目を合わせてくれない気まずそうな表情の中に、あきらめが見える。できることなら、知り合いのいないときに来店したかったのだろう。
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