心を切りとるは身を知る雨
 しぐれももう25歳になった。これまで、青春と呼べる時間を過ごせたのはわずかだった。清倉の刺激のない生活では、キャリアを積む機会はない。そもそも、仕事にも就けていない。結婚だってできるかわからない。何もできない毎日。若い子と言える年齢は、気づかないうちにどんどんと過ぎていっているのだと実感する。

「八坂さんは興味なかったのかもな」

 紙袋からコーヒーを取り出して、兄はぽつりとつぶやく。

「切り雨さんがどうかしたの?」
「あー、いや。学生が行くような店には興味ないのかなって思っただけさ」

 兄の話によれば、切り雨の未央はふたつ年上だそうだ。2年後には自分もあんなふうな大人の魅力がある女性になれているとは到底思えないぐらい、ずいぶん落ち着いた人。優しいし、美人だし、自分の店も持っている。

 対して、自分は若くもなく、大人でもない。調理師となり、自分の店を持つのは夢だった。その夢は今も心の片隅にあるけれど、いまの身体では、具体的な話など夢物語のようなもの。ますます同世代から取り残されているように感じている。誰かに迷惑しかかけていない宙ぶらりんな存在に、しぐれはときどき虚しくなる。

 そんな煮詰まる様子を気づかってか、このところの兄は、若い子の好きそうな店がオープンしたと聞けば、出かけていって、どんな店だったか教えてくれる。
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