心を切りとるは身を知る雨
「しぐれのはクリーム入ったやつにしたよ。めちゃくちゃ甘そうだけどな」

 冗談めかして兄はそう言うと、縁側から見える庭へ目を移し、コーヒーカップを口もとに運ぶ。

 東京で暮らしていたころの兄は、何をやっても成功する……事実、成功させていて、自信に満ちあふれ、ギラギラしていた。自分のために清倉へ引っ越す決意をしてくれたときは正直、家族を顧みる気持ちが残っていたんだと驚いたものだ。最近の兄はすっかり毒気も抜け、田舎町に馴染んで充実した日々を送っているように見えていたが、今日はどういうわけか、うわの空な様子だ。

「なんだか元気ないね?」

 クリームがたっぷり乗ったコーヒーを、ストローでくるくると混ぜながら言うと、兄は肩をすくめる。

「切り雨の八坂さんにたまたま会ったんだけどさ、カフェに誘ったら断られたんだ」
「それで落ち込んでるの?」

 意外にも、かわいらしい悩みで驚いた。本人に自覚があるかはわからないが、きっと兄は未央が好きだろう。おしとやかで人当たりが良く、商店街で人気のある未央は、誰から見ても好印象で、兄が好きにならないわけがないと思っている。

「まあ、なんていうか、そのあとが悪かったかな」
「あとって?」
「カフェが嫌なら、切り雨さんでちょっと立ち話でもできたらなぁって思っただけなんだけどな」
「しつこくしたの?」
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