心を切りとるは身を知る雨
「そんなつもりはまったくなかったよ。定休日だから、店に入れるのは無理って断られた。なんか、誤解させたかもしれない」
「それって、すっごく迷惑がられたんじゃなーい?」

 あきれてそう言う。

 誤解もなにも、休業日の店でふたりきりになりたいと言われたら、誰だって警戒する。よほど、兄は恋愛に自信があるのだ。ずいぶん失礼な要求をしたことに気づいてもいないのだろう。

 しかし、しぐれには恋に悩む兄が内心羨ましくもあった。

 部屋に戻る、と立ち上がる兄の背中を見送る。リビングを出ていくときにはもう、兄は気持ちを切り替えているのか、頼りがいのある背中を見せていた。

 兄は昔から有能で、なかなかへこたれない。すぐに立ち直るし、めげずに何度もチャレンジする強い精神の持ち主でもある。一方、そんな兄に守られてきたからか、しぐれはふわふわと純真に育ってきた。

 恋も仕事も、憧れを苦労なく叶えて生きてきた。だから、恋人を失うかもしれないという想像しえない現実を突きつけられたとき、おびえ、震え、立ち上がることを拒否してしまったのかもしれない。
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