心を切りとるは身を知る雨
 そして、気づいたときには病院のベッドの上だった。

 征也は穏やかな性格で、しぐれを怖がらせるような危ない運転は決してしない人だった。病院に駆けつけた兄から、坂道のカーブを曲がりきれず、ガードレールにぶつかったと聞かされたときは、「征也のせいじゃないよ」と、彼を責めてもいない兄に誤解をとくように訴えた。

 暑さがやわらぎ始めたころとはいえ、あまりの暑さにもうろうとしていたのだろうか。それとも、旅館へ急ぐあまり、いつもよりスピードを出していたのだろうか。彼は事故直後の記憶があいまいで、よく覚えていないと言っているようだった。

「しぐれ、久しぶり。ごめん。なかなか来れなくて」

 病院に現れた征也は松葉杖をついていた。腕もあざだらけで、痛々しい。大丈夫? と手を伸ばそうとしたけど、腕はうまく上がらなかった。

「昨日、退院したって聞いたよ。私より大けがしてるのに、謝らないでよ」

 そう言ったら、征也は嫌な汗をぬぐうように、手のひらで顔をなでた。

「ほんとうに?」

 ベッドに横たわるしぐれの身体を、彼は複雑そうに見つめた。彼の目にはどんなふうに映っているだろう。哀れまれているようで、情けない気分になった。

「ほんとうだよ。すぐに動けるようになるって、お医者さんも……」
「ごめん……」

 ふたたび、謝罪を口にして、征也はまぶたを伏せた。

「なんで謝るの?」

 大けがしてるのは征也の方だ。それでも、大したけがもないのに動けないのは、しぐれの方だった。言い訳もせずにただ謝るしかない選択をした彼が、深刻な状態の恋人にどんな結論を出すのか、不安で仕方なかった。
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