心を切りとるは身を知る雨
「別れるの?」

 しぐれは先手を打って聞いた。別れたいって言われたくなかったからだ。しかし、それは悪手だった。

「言わないよ。俺のせいで、こんなことになった。一生かけて償うよ」

 深々とあたまをさげる征也からは後悔しか感じられなかった。好きだから、愛してるから、一生一緒にいたい。そういう気持ちとは別の感情が渦巻いてるように見えた。

 憧れの人と甘くて優しい恋をして、幸せに満ち満ちたまま結婚する。その先の人生だって順風満帆で、幸せしか見ない恋愛を期待していたしぐれには、思い描いていた明るい未来に黒い染みが落ちてきたように感じた。

「なにそれ」
「何って……」
「簡単に償うとか言わないでよ」

 しぐれは静かにそう言った。手を振り上げ、彼の胸を叩き、自分が欲しいのはそんな言葉じゃないと叫びたかった。感情をむき出しにすることで楽になりたかった。だからこそ取り乱したかったのに、腕は上がらず、涙も流れず、ぽっかりとむなしく空いた胸からわずかな息が漏れただけだった。

 彼が罪悪感にさいなまれているだろうことはわかっているつもりだった。だからこそ、もっと愛を伝え合って、大丈夫だから、とただ抱きしめ合いたかった。だからこそ、反発した。

 もう二度と立ち上がれなかったらどうしよう。好きな仕事だってできない。家族にだって迷惑をかける。不安と焦燥にかられる毎日が待っている。そこに征也との幸せな未来は見出せない。

 しぐれは動けなくなって初めて現実を見た気がしていたのに、償うという言葉一つで許しを得ようとする彼が無責任に思えたのだった。
< 46 / 99 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop