心を切りとるは身を知る雨
***


「もう閉店ですかー?」

 看板を片付けていると、少し離れた場所からしぐれが声をかけてきた。急いでやってくる車椅子の後ろには、ふくらんだマイバッグがある。買い物帰りに寄ってくれたようだ。

「大丈夫ですよ。少し風が出てきたから、早めに入れていただけなんです」

 立て看板を店の中へ入れると、しぐれは「また見に来ちゃった」とお茶目に笑う。

「何度でもどうぞ。私もしぐれさんにお会いしたかったですから」
「私に? どうして」
「もっとお話したいなって思っていたんです」

 きょとんとする彼女に、そう答える。少しでも自分の作品に興味を持ってくれた人は大切にしたい。未央はそういう気持ちで接しているけれど、意外なことのように思えたのだろうか。

「兄とも?」

 しぐれは自分のことよりも気になっているように尋ねてきた。

「もちろんですよ」

 そう言うと、彼女はほんの少し考え込むしぐさをした。朝晴から何か聞いているのだろうか。

 この数日、朝晴の誘いを断ってよかったのかと考えることはあった。人なつこい彼は初対面の相手だろうが、誰にだって親切だし、気軽に話をしてくれる。カフェへ誘ってくれたのも、特別な意味なんてなかっただろう。

 彼はあいかわらず、本当かどうかは別にして、近くに来たからと言っては店に顔を出してくれる。カフェへ行こうとはもう言わないが、切り絵の感想を必ず一つ言って帰っていく。
< 47 / 99 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop