心を切りとるは身を知る雨
 そんな姿を見ていると、生徒の良いところを必ず一つは見つけて褒めてくれるような、思いやり深い先生を想像するのはたやすい。そのあけすけな人の良さに未央は救われたことがあるのだが、あのときの感謝の気持ちはなかなかうまく切り出せていない。

「何度も来たら、迷惑なんじゃないかなって思ってました」

 しぐれは肩をすくめてそう言う。

「とんでもない。私がそう思わせちゃったのかな」
「そうじゃなくて。兄が失礼ばっかりしてるみたいだから」

 やはり、朝晴から何か聞いているようだ。しかし、何をどう話したら、彼を迷惑がってることになるのだろう。

 中学校で行われたイベント以来、学生のお客さんが増えた。イベントに誘ってくれた彼のおかげの部分はたくさんあるだろう。朝晴の少しばかり強引なところに戸惑いはするけれど、感謝こそすれ、迷惑に思うことなど何もない。

「いくら大切に思っていても、伝えるのは難しいですよね」
「兄が大切?」
「しぐれさんも大切ですよ」

 しぐれほど、同じ作品を何度も見にくる客はいない。朝晴の妹でもあるし、これからも交流は続くだろう。大切という言葉を使ったけれど、やはりうまく伝えられていない気がしたのは、しぐれが物思いにふける表情をしたからだろうか。

「大切……か」

 しぐれはつぶやくと、車椅子のハンドリムを回し、名残の夕立の目の前へ移動する。

「彼のことは大切に思ってたけど、すれ違っちゃったんだよね」
「うまく伝えられない気持ちってありますよね」
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