心を切りとるは身を知る雨
「井沢さん、お引きとめしてごめんなさい」

 そう言いつつ、朝晴に店から出ていくよう促す。彼も有村くんに気をつかったのか、すんなりと外へ出ていく。

「ああ、そうだ。八坂さんに連絡先ってお伝えしましたっけ?」

 立ち去りかけた彼が、ふと振り返る。

「いいえ」
「じゃあ、これを」

 バッグから取り出したメモ用紙に、すばやく電話番号を記すと差し出してくる。

「切り雨さんのブースは確保してありますから、気が変わるようでしたら連絡ください」
「気は変わりませんよ」
「変わりますよ」

 やけに自信たっぷりに彼は笑むと、「気をつけて帰れよ」と有村くんに声をかけ、帰っていった。

「何かお探しですか?」

 店内をきょろきょろと見回す有村くんに尋ねる。

「飾りはないですか? 千円くらいの」

 おずおずと彼は言う。ビニール製の黒い財布をギュッと握りしめる姿を見れば、勇気を出して尋ねたのだろうと伝わってくる。

「飾りって、どんな?」
「音の鳴らない風鈴みたいな」
「風鈴かぁ」

 風鈴と聞いて、思い浮かぶ作品が一つだけある。

 入り口近くに飾られた額へと目を移す。そこには、窓際にかけられた風鈴の奥に降る雨を描いた切り絵がおさめられている。

 未央の作品は雨を主体としたものばかりだが、客の中には、雨と一緒に描かれた物や動物が気に入って購入していく人もいる。

 未央の視線の先にある風鈴の切り絵に有村くんは気づくと、導かれるように近づき、じっと見上げる。

「ななさがり……?」

 作品名に目をとめて、彼はつぶやく。

七下(ななつさがり)の雨。夕方に降り出して、長く続く雨のこと。終わらない悲しみを表現したものなんです」
「悲しみが終わらないなんて、つらいよ」
「長く続く悲しみから、無理に抜け出そうとする必要はないんですよ」
「それじゃあ、心は痛いまんまだよ」

 本当に痛みを感じたみたいに、有村くんは胸に手を当てて表情を曇らせる。

「作品が代わりに泣いてくれるから、いつか心は癒されていくと信じています」
「切り絵が代わりに泣くの?」
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