心を切りとるは身を知る雨
 いくらなんでもそんなはずはないだろう。さとすように言うと、彼女は笑顔で振り返る。その表情が作られたものに見えて、未央は静かに見守る。

「両親、アメリカにいるんです。こっちに全然帰って来ないのは、兄がいるから大丈夫だって思ってるからですよ」
「それはあると思います」
「いっつもそうなんですよ。兄は年が離れてるから、父親みたいに私の世話を焼くんです」
「それは、井沢さんがそうしたいからですよね?」
「本当にそうなのかな」

 彼女はスッと笑みを消す。

「気になってるんですね」
「兄はイベントコーディネーターの仕事が好きだったから、こんななんにもないところで、慣れない教師の仕事なんてしたくなかったんじゃないかな」

 しぐれはつぶやくようにそう言うと、車椅子を動かす。その背中がひどく頼りなく見えて、未央は無言でついていく。

 商店街を抜け、信号を一つ越えると、図書館の前へたどり着く。図書館の入り口に続く階段下にある赤いポストへポストカードを投函すると、

「切り雨さん、うちはこっちの道だから」

 と裏手の道を、しぐれは指差す。

 図書館と田んぼに挟まれたあぜ道は、車道に出るまで舗装されていないところがあるようだ。昨夜の雨で、大きくへこんだわだちが見える。そんな悪条件の道を、彼女は重たい荷物をひざに乗せ、よいしょよいしょと前へ進んでいく。
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