心を切りとるは身を知る雨
 大丈夫だろうかと心配で、その後ろ姿を見送っていると、視線を感じたのか、しぐれは振り返り、こちらに笑顔で手を振る。

 手を振り返すと、彼女はふたたび、ハンドリムをぐいっと回した。そのときだった。ぬかるんでいたところがあったのだろうか。ぐらりと車椅子が揺れて、驚いた彼女が風呂敷にしがみつき、車輪が右側へ傾いた。

 とっさに、未央は走り出す。

「大丈夫ですかっ?」

 車椅子の前へ回り込むと、うつむく彼女が苦しそうに目をつむっている。

「どこか痛みます?」

 無言で首を振る彼女が気になりながら、後ろへ移動する。

 さいわい、ぬかるんでいるのはほんの少しで、ひとりでもなんとかなりそうだ。未央は押したり引いたりしながら、どうにかこうにか、わだちにはまり込んだ車輪を道の中程へ戻す。

「車道まで押しますね」

 うつむいたままのしぐれに声をかけたとき、彼女は背中を丸め、

「苦しい」

 と、くぐもった声で言う。

 あわてて顔をのぞき込むと、彼女は悔しそうに唇をかんでいた。なぜ、そんな表情をしているのかわからず、未央はそっと声をかける。

「胸が苦しいですか?」
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