心を切りとるは身を知る雨
「今の生活からは想像がつきませんね」

 朝晴本人も、以前と今の自分にギャップを感じて戸惑うことがあると言っていた。

「そんな生活でも充実してたみたいです。それなのに、私のせいで仕事をやめて、祖父母の家のある清倉に来て、教師になったんです」
「清倉へ来たいきさつは、井沢さんから聞いてます」
「兄は本当は、今でも東京にいたかったんだと思います」
「井沢さんは、井沢さんがそうしたいから清倉へ来られたと思いますよ」
「それはそうするしかなかったから。……私が征也を拒んだから」

 征也とは、別れた恋人だろう。

「拒むって?」
「征也は一生かけて償うって言ってくれたのに、すごくみじめな気持ちになって拒んだんです」
「そうだったの」
「なんにもできない身体になったのに、征也の手を突き放して、兄の夢や仕事まで奪って、情けない私が嫌い」

 しぐれを苦しめているのは、償うと言った征也ではなく、夢をあきらめた朝晴なのだろうか。そして、夢をあきらめるきっかけを作った自分に、彼女は苦しめられている。いくら朝晴が清倉の生活に満足していると言っても、彼女自身は納得しないように感じる。

 ぎゅっと胸もとを握りしめるしぐれの肩にそっと触れる。

「そんなこと言わないで」
「切り雨さんにまで迷惑かけて、情けないって思ってる」
「迷惑なんて」
「かけてる。足が動けば、こんなことになってない」
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