心を切りとるは身を知る雨
「取り乱したりして、情けないよね……」
「俺だってさ、同じこと思ってるよ。しぐれが生きててくれてよかったってさ」

 事故の一報を受けたときは、珍しく動揺した。どんな状態であろうと、生きててくれと願ったものだ。さいわい、大きなケガはないと聞いて、心底ホッとした。立ち上がれないと知ったときは、代われるものなら代わりたいと思った。それはあたりまえに、誰だってそう思うことだ。

 未央は以前、知人を交通事故で亡くしたと言っていた。ただの勘だが、あれはきっと、かなり親しい知人の話だったに違いない。彼女は本心からしぐれを励まそうとしたのだろう。

 苦しそうにぎゅっと目を閉じるしぐれに、未央だって苦しいはずだと伝えるのは酷な気がして、朝晴は黙って見守る。

「……もうずっとだよ。少しもよくならない」

 ピクリとも動かない足先を見つめて、しぐれは声を絞り出す。

「一生、このまま動かないかもしれないのに、生きててよかったなんて言われたら、この苦しみなんか何にもわからないくせにって、憎らしくなって……」
「俺も、綺麗事を言ったな」

 生きててよかったと思うのは、こちら側の気持ちでしかない。しかし、誰もしぐれの気持ちを理解するなんてできないのだから、やはり、言えるのはそれだけだったのだ。

「お兄ちゃん……」

 しぐれは首を左右に振る。

「ほんとうに憎いわけじゃないよ。励ましてくれてるのはわかってる。素直に受け取れない自分が嫌だっただけ」
< 62 / 99 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop