心を切りとるは身を知る雨
 未央だって、励ましを受け入れてほしいとまで思っていないだろう。思いを伝えただけだ。現に、言葉に乗せきれない思いは、作品を通じて、以前からしぐれには伝わっていたはずだ。だからこそ、しぐれは『名残の夕立』に魅了された。

 バイクを描いた切り絵に、しぐれは細い指を滑らせる。

「もう全部、いい思い出に変えようって覚悟して買ったのにね」

 ぽつりとつぶやく。

「そうだな」
「なんでかな。この切り絵を見てるとね、大丈夫だよって言われてるみたいな気持ちになるんだよね」

 しぐれの言いたいことはよくわかる。切り雨へ行くたびに体感する思いだ。未央の作品は優しさに満ちている。疲れていても、明日もがんばれるような気がするし、穏やかな気持ちにもなれる。

「これがあれば、何もかも全部、うまくいくような気がしたんだよ。だから余計に、手鼻をくじかれて腹が立ったんだ」

 悔しそうにしぐれは言う。

 わだちで立ち往生しかけたことにショックを受けていたと未央から聞いたが、一人では何もできない自分にいらだったのだろう。

「誰だってさ、すぐにはうまくいかないもんだよ」
「お兄ちゃんも?」
「もちろん。新しいことを始めるのは誰だって不安だし、勇気がいる」
「いっつも苦労してるように見えないじゃん」
「たまたま教員が向いててラッキーだったんだよ。まあでも、器用だからな、俺は」
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