心を切りとるは身を知る雨
 生きることに向き不向きがあるとしたら、俺は向いてる方だろう。しぐれはちょっと不器用だが、その分、周りに助けてもらえる才覚がある。だから、なんとかなるよと伝えたかったのだが、冗談に聞こえたのか、しぐれはあきれたように笑って、庭へと目を移す。

「名残の夕立ってさ、夏の終わりに降る雨なんだよね」
「ああ」

 清倉の夏は、ある日の雨を境に秋へと変わる。その時期はもうすぐそこまで来ているだろう。

「毎年、ちゃんと夏は終わるんだよね」
「そうだな」
「このタイトルには、つらいことは必ず終わるって意味があるのかなって思ってて」

 しみじみとしぐれは言う。

「八坂さんの作品は奥深いよな。そういう意味があってもおかしくないとは思う」

 優しくて物悲しい未央の作品を知れば知るほど、喜びは見つけられず、彼女が何に悲しむのか、知りたくなる。しかし、悲しみから立ちあがろうとする健気さも感じられるから、大丈夫だと思える。

「あれから、征也くんには?」

 朝晴は久しぶりにその名前を口にした。けんか別れしたわけではないと知っているが、しぐれが彼を許しているのかどうかわからなかったからだ。

「実はさ……、友だちを介して、連絡ほしいって言われてるけど、いいの、会わない」
「いいのか?」

 しぐれは悩むように少し沈黙したあと、ため息をつくように吐き出す。

「征也の生きてる世界に戻るのはきっと苦しいから、もういいんだ」
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