心を切りとるは身を知る雨
「順風満帆そうに見えて、実はそうじゃないのかな」
「誰だって、いろいろあるだろうさ」

 そう言うと、しぐれは思い悩むように窓の外へと、ふたたび視線を戻す。

 しぐれは未央に憧れ、慕っている。彼女の役に立ちたいと、週末だけという約束だったアルバイトも、最近は、平日にもシフトを入れてもらうほどの張り切りようだ。当然、店員として働く中で見えてくることもあるだろう。

「何か心配事でもあるのか?」

 そう問うと、しぐれは息をつく。

「未央さん、好きな人がいるんじゃないかな」

 やけに唐突な話に、朝晴はどきりとした。しぐれは何か知ってるんだろうか。

「そういうやつが店に来てるのか?」
「ううん。それらしい人は一度も」
「へー」

 なんだ、いないのか。内心、朝晴はそう安堵して、間抜けな声をあげてしまった。しかし、しぐれはまったく気にする様子なく、空を眺めている。

「ほろほろと、よく降るな」

 そう言うと、しぐれがぽつりとつぶやく。

「未央さんが泣いてるみたいな雨だよね」



 しぐれの言葉がどうにもちらついて忘れられず、翌日は閉店後を見計らって切り雨を訪れた。

「あれ? 井沢さん。しぐれちゃんならさっき、帰りましたよ」

 ちょうど裏口から出てきた未央が、こちらに気づいてやってくる。

「知ってます。すれ違ったので」
「そうなんですか? 何か忘れ物でも?」
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