心を切りとるは身を知る雨
 何かを期待するかのような奥さんのまなざしに薄笑いを浮かべながら、そう答える。

 未央はにこやかにたたずんでいるが、内心どう思っているかなんてわかりはしない。茶化されるぐらいなら、もう二度と一緒に食事しないと思われても困る。

「あらまあ、そうなの。しぐれちゃんはいないの? 未央ちゃんのお店でアルバイト始めたらしいじゃないの」
「未央さんとはさっき、たまたま会っただけなので」

 予定外の来訪なのだと言うと、奥さんは残念そうな顔をしながら、奥の席に案内してくれる。

「まいりましたね。あの様子じゃ、デートだと思われてますよ」

 向かい合わせに座るなり、未央の気持ちを探るように言うと、彼女は気にしてないとばかりににこりとする。

「井沢さんがお嫌でなければ、大丈夫ですよ。商店街のみなさんはいい意味でおせっかいが好きですし」
「変な期待感があるんですかね。まあ、俺も全然気にしないですけどね」

 商店街全体で、未央との恋を応援されてるのだろうか。いや、彼らにとっては未央の相手は誰でもかまわないのだ。今日、ここに来たのがたまたま自分だっただけで、違う男でも同じように詮索しただろう。そうして彼女も、どんな男が相手でも、デートだと勘違いされても大丈夫だ、と言っただろう。

 奥さんにすすめられるまま、未央の倍の300グラムのステーキを注文したあと、朝晴は尋ねる。
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