心を切りとるは身を知る雨
「そう。いろいろだよ」

 いろいろって何? と聞いたけれど、プライバシーに関わるからと濁された。

 その態度を見たら、ずっと半信半疑で聞いていた公平の話を信じたくなる気持ちがもたげた。

 部下の女の人が相談を持ちかけて、文彦を誘惑してるんじゃないかと公平は疑っていた。確たる証拠はないが、それらしいうわさがひそやかに社内で立っているらしい。会社帰りにふたりでホテルへ行って、レストランで食事をして帰るだけなんてありえない。相談と言いながら言い寄って、男女の関係になるのはよくあることだと。

 男の人に免疫のない未央だって、そのぐらいのことはあたりまえにわかっていた。けれど、ごまかさずに言い訳もしない文彦の態度に真実を測りかねた。

 だからあの日、文彦と女の人がホテルの部屋に入った、と公平から連絡をもらったとき、やっぱり信じられないという気持ちと、もうダメなんだろうという思いが交錯した。

 そのときにはもう、その人とはふたりきりで会わないでほしいという未央の願いを聞き入れてくれなかった文彦の気持ちが、自分に向いてないことを悟っていたからだ。

 公平に今から向かうと伝えて、文彦が女の人と入っていったという高級ホテルへタクシーで向かった。

 ホテルに着くと、公平がロビーで待っていた。部屋はわかっているというから、ふたりでその部屋の前まで行った。

 公平は、兄のせいで振り回して申し訳ないと謝罪したあと、兄の裏切りが許せないとばかりに歯を噛み締める、険しい横顔を見せた。
< 86 / 156 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop