心を切りとるは身を知る雨
 未央と公平は年が近いが、一緒に遊んだ記憶はほとんどない。きっと、いつかは兄、文彦の妻になる女性だからと、財前の両親に言い含められて育ったからだろう。

 正直、彼が兄の過ちを調べ、これほどまでに案じてくれているのは意外ではあった。あまり動揺せずにいられたのは、彼の怒りを目の当たりにしたからかもしれない。

 1時間が過ぎたころ、丸顔のかわいらしい女の人が部屋から出てきた。知らない人だったが、公平が、間違いなく兄の部下だよ、と教えてくれた。当時、公平は大学院生だったが、財前の会社に出入りしていて、文彦のオフィスで見かけたことがあるらしかった。

 それから程なくして、スーツにきっちりとネクタイを締めた文彦が現れた。

 止める間もなく、公平は廊下の角から飛び出していき、文彦の胸ぐらをつかんだ。ほんの少しもみ合いになっていたが、未央が止めに入ると、公平を振り払って文彦は言った。

「こんなところで、なんで二人でいるんだよ」

 自分の行動は棚にあげ、まるで、未央と公平が浮気しているかのような口ぶりだった。

 公平はさんざん、兄さんは何をしてるのかわかってるのか? とかみついたが、相談に乗っていただけで彼女とは何もない、と彼は平然としていた。

 何もないわけがない。未央はそう思ったが、彼が嘘をついているようにも思えなくて、そのときは黙っていた。

 しかし、文彦の言動はその日を境にエスカレートしていった。
< 87 / 156 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop