心を切りとるは身を知る雨
「実は……少しだけ話すと、彼女、付き合ってた男がいてね。その男に別れてもしつこくされるから、彼氏のふりをしてほしいって頼まれたんだ」
「それは仕事なの?」
「公私混同はしたかもしれない。ただ、重要な職務上の話の流れでそうなって、あの日はホテルへ入っていくところを、その男にわざと見せることにしたんだ」
「流れで、そんなことを引き受けるぐらいの関係だったってことでしょう?」
「少し親しくしすぎてたかもしれないね」

 少し反省するような態度を見せたが、いら立ちがおさまらずに気持ちをぶつけた。

「好きなんでしょう?」
「そんなふうに考えたことはない。あの日だって、ホテルには入ったけど、何もしてない」

 彼はとっさに首を振った。

「どうしてそんな言い訳が通ると思うの? あの人にそう言われたから? 何もないって言っておけば、私なんかだませるって言われた?」
「彼女はただ別れた男におびえてただけで、俺はアドバイスを……」
「あなたにできるアドバイスなんてないって、なぜ気づかないの?」
「そんなことはないよ。現に、ホテルの一件で、男はもう彼女をあきらめたそうだ」
「どんな男の人だったの?」
「それは知らない。彼女からそう聞かされただけだから」
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